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広島高等裁判所岡山支部 昭和54年(う)137号 判決

本店所在地

岡山県倉敷市神田三丁目一番三七号

株式会社水島土木工業

住居

右同所

右代表者

赤沢次郎こと

千甲童

国籍

(慶尚南道固城郡東海面陽村里)

住居

岡山県倉敷市神田三丁目一番三七号

会社役員

赤沢次郎こと

千甲童

大正一三年一二月三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五四年九月一八日岡山地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は検察官阿部敏夫出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、岡山地方検察庁検察官検事能登哲也名義の控訴趣意書記載(但し同書四丁裏一二行目に「損益計算書」とあるのは「損益計算法」と訂正)のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人岡崎耕三名義の答弁書(一)ないし(五)記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

検察官の論旨第一点原判決には税務会計の不知ないし誤解があるとの主張は、要するに次のとおりである。原判決は、本件公訴事実(別紙添付)について、犯罪の証明がないとして無罪を言渡したが、その理由として、「被告人らは、昭和四六年八月二四日岡山税務署長に対し、各年度(昭和四三年一〇月一日より同四四年九月三〇日まで、及び同年一〇月一日から同四五年九月三〇日まで)分の事業所得について各修正申告をなし、これに対して、同税務署長は、昭和四七年三月三一日付第一次更正処分を、同年六月二七日付第二次更正処分を、同年六月二九日付第三次更正処分をなし、かつ、第三次更正処分に対する各異議申立に対し、同年一二月二六日付各「審査請求をすることができる旨の教示について」(通知)と題する書面(以下、(通知)書と略称する)を発しているところ、右第一次更正処分書記載の「翌期首現在利益積立金額」と、右(通知)書記載の「社内留保」とは申告脱漏所得を表示するものとしては、いずれも本来合致すべきものであるところ、その内訳である科目ごとに比較すると、預金・仮払金・貸付金・仮受金の金額に著しい相違があり、この相違は、通常生じうる誤算、誤認として看過しえないところで、このことは、公訴事実記載の所得金額の算定の基礎が甚だしく不確実なものであることを示すものであって、たとえ水揚げ所得を算出しても、証拠上、公訴事実(公訴提記の理由)にそう更正処分の所得金額の認定について、その厳正さを底礎するに足りる合理性、すなわち右著しい相違の合理的根拠を見出し難い」、というものである。

しかしながら、右原判決の判断は、税務会計の不知ないしは誤解から、証拠の取捨選択ないしは価値判断を誤ったものである。即ち、原判決は、岡山税務署長の発した更正処分書記載の「翌期首現在利益積立金額」と同(通知)書記載の「社内留保額」を対比し、その差額をとらえて検察官の立証の不正確さを指弾するが、検察官は本件罪体立証を損益計算法によって行っており、右「翌期首現在利益積立金額」ないし「社内留保額」自体、及びその差は右立証に全く関係がなく、原判決は、検察官の立証方法を正しく理解しないための誤りを犯したものである。また、原判決は、「翌期首現在利益積立金額」と「社内留保額」とは申告脱漏所得を表示するものとして、いずれも本来合致すべきであると判示するが、右「翌期首現在利益積立金額」とは、各事業年度の所得から、配当金・役員賞与等の社外流出額を除外し、法人内部に保留された金額の過去からの累積額をいうのに対し、「社内留保額」とは、当該各事業年度の脱漏所得のうち、法人内部に留保された金額で、当期中の脱漏所得からなる簿外の留保資産をいうのであって、前者が過去から累積の留保資産の合算額であるのに対し、後者は当期中においてのみ発生した簿外資産額であるから、原判決の言うように、両者が本来合致すべきであるとするのは、全く誤解によるもので、両者が数額的に合致しないことは、むしろ当然であって、原判決のこの点の判断には、その前提に基本的な誤りがあるというのである。

よって、本件記録を調査し、当審における事実調の結果をも併せ検討するに、原判決が、本件公訴事実につき検察官指摘の理由により、犯罪の証明がないとして、刑訴法三三六条後段を適用し無罪の言渡をしたことは、原判決書によって明らかである。ところで、原判決が添付した「損益金科目・金額(円)対比表」によると、昭和四三年度・同四四年度のそれぞれに法定準備金・別途積立金・定期預金・通知預金・未払金・仮払金・貸付金・仮受金等の各科目を、その表題が示すとおり、いずれも損益科目として摘示するが、当審証人台信忠の証言によると、右各科目は、会計法上、総て、資産・負債科目であり、損益科目ではないことが認められるのであって、この点、原判決が損益科目として意識的に摘示しようとしたことを考えると、検察官の「損益計算法」による立証方法を理解していなかったとはいえないにしても、資産・負債科目を損益科目と誤認した誤りが認められる。次に、同証人の証言によると、「翌期首現在利益積立金額」とは、当該法人の各事業年度の所得金額から役員賞与・配当など社外に流出した金額を控除し、法人内部に留保された金額の過去からの累積額で、翌期首での現在高を示すものであり、これに対し、「社内留保額」とは、当該事業年度の所得金額のうち社内に留保された金額で、一事業年度限りの増減額を示すものであり、前者が、過去から累積された留保資産の合算額であるのに対し、後者は、当期中においてのみ発生した留保資産額であることが認められる。そうすると、両者の対比において、数額的に合致しないのはむしろ当然というべきものであって、例えば、検察官も指摘するとおり、本件被告人法人の貸付金についてみるに、弁一二号証の昭和四四年九月期の「社内留保額」五八、六六二、六二八円は(二、一〇六丁)、同四三年一〇月一日から同四四年九月三〇日までの事業年度の貸付金額であり、弁一八号証の昭和四五年九月期の「社内留保額」六五、七五七、七四九円は(二、一三八丁)、同四四年一〇月一日から同四五年九月三〇までの事業年度の貸付金額であるのに対し、弁一六号証の「翌期首現在利益積立金額」一二四、四二〇、三七七円は(二、一一九丁)、同四五年九月三〇日までにおける被告人法人の過去から累積された貸付金の総額で、この総額は、前示の昭和四四年九月期分の社内留保額五八、六六二、六二八円と同四五年九月期分の社内留保額六五、七五七、七四九円を合算した金額に相当するものであるから、これを原判決のように、同期内における翌期首現在利益積立金額と社内留保額を単純に対比すれば、両者が数額的に合致せず、著しい相違が生ずることもあるのは当然のことであって、それにもかかわらず、原判決は、右両者の金額は数額的に合致すべきで、右金額に著しい相違があることは、公訴事実記載の所得金額の算定の基礎が甚だしく不確実であることを示すものであり、証拠上も、右著しい相違の合理的根拠が見出し難いとの判断をなし、結局、公訴事実につき犯罪の証明がないとしたものであって、右判断は、その前提において既に、税務会計の不知ないし誤解があり、その結果判断を誤ったものであって、到底無罪の理由とはなり得ない。結局、原判決には理由不備の違法があるというべく、この点において原判決は破棄を免れない。

よって検察官のその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄し、本件につき、更に審理を尽くさせることが相当と認められるので、同法四〇〇条本文を適用して、原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雑賀飛龍 裁判官 萩尾孝至 裁判官 山田真也)

(別紙)

(公訴事実)

被告人株式会社水島土木工業は、岡山市岡町六番八号に本店を置くとともに、倉敷市明神町四番五〇号に営業所を設けて埋立、造成工事等の事業を営むもの、被告人千甲童は、右会社の代表取締役として業務全般を統括しているものであるが、被告人千甲童は、右会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもって

第一 昭和四三年一〇月一日より同四四年九月三〇日までの事業年度における同会社の総所得金額は、七七、四〇二、二三九円で、これに対する法人税額は、二六、六四四、八〇〇円であるのにかかわらず、架空の外注費、修繕費等を公表帳簿に計上して真実支払をした如く装い、簿外となった現金を架空名義の預金にする等してその所得の大部分を秘匿したうえ、昭和四四年一二月一日岡山市天神町三番二三号所轄岡山税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は、一四、九一一、七四六円で、これに対する法人税額は、四、七八〇、二七〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税二一、八六四、五三〇円を逋脱し

第二 昭和四四年一〇月一日より同四五年九月三〇日までの事業年度における同会社の総所得金額は、二二、五三五、四〇三円で、これに対する法人税額は、七、七三七、三〇〇円であるのにかかわらず、架空の外注費、修繕費等を公表帳簿に計上して、真実支払をした如く装い、簿外となった現金を架空名義の預金にする等してその所得の大部分を秘匿したうえ、昭和四五年一一月三〇日前記所轄岡山税務署長に対し、総所得金額は、七、九七七、五五八円で、これに対する法人税額は、二、三九八、五八〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税五、三三八、七二〇円を逋脱し

たものである。

○控訴趣意書

法人税法違反 株式会社水島土木

赤沢次郎こと

同 千甲童

右被告人らに対する頭書被告事件につき、昭和五四年九月一八日岡山地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和五五年一月一九日

岡山地方検察庁

検察官検事 能登哲也

広島高等裁判所岡山支部 殿

控訴年月日

昭和五四年九月二八日

原判決は、

「被告人株式会社水島土木は、岡山市岡町六番八号に本店を置くとともに、倉敷市明神町四番五〇号に営業所を設けて埋立・造成工事等の事業を営むもの、被告人千甲童は、右会社の代表取締役として業務全般を統括しているものであるが、被告人千甲童は、右会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもって

第一 昭和四三年一〇月一日より同四四年九月三〇日までの事業年度における同会社の総所得金額は、七七、四〇二、二三九円で、これに対する法人税額は、二六、六四四、八〇〇円であるのにかかわらず、架空の外注費、修繕費等を公表帳簿に計上して真実支払をした如く装い、簿外となった現金を架空名義の預金にする等してその所得の大部分を秘匿したうえ、昭和四四年一二月一日岡山市天神町三番二三号所轄岡山税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は、一四、九一一、七四六円で、これに対する法人税額は、四、七八〇、二七〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税二一、八六四、五三〇円を逋脱し

第二 昭和四四年一〇月一日より同四五年九月三〇日までの事業年度における同会社の総所得金額は、二二、五三五、四〇三円で、これに対する法人税額は、七、七三七、三〇〇円であるのにかかわらず、架空の外注費、修繕費等を公表帳簿に計上して、真実支払をした如く装い、簿外となった現金を架空名義の預金にする等してその所得の大部分を秘匿したうえ、昭和四五年一一月三〇日前記所轄岡山税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は、七、九七七、五五八円で、これに対する法人税額は、二、三九八、五八〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税五、三三八、七二〇円を逋脱し

たものである。」

との公訴事実に対し、犯罪の証明がないとして、被告人両名に対し、無罪の判決を言い渡したが、右判決は、以下詳述するとおり、税務会計の不知ないしは誤解から、証拠の取捨選択ないしは価値判断を誤り、その結果事実を誤認したものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから到底破棄を免れないものと信ずる。

第一 原判決には、税務会計の基本に誤りがある。

一 原判決が、前記公訴事実につき、犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した理由は、次のとおりである。

すなわち、被告人らは、昭和四六年八月二四日岡山税務署長に対し、各年度分について修正申告をし、これに対し岡山税務署長は各年度分について、昭和四七年三月三一日いわゆる第一次更正処分を、同年六月二七日第二次更正処分を、同年六月二九日第三次更正処分をそれぞれなし、かつ第三次更正処分に対する異議申立に関し、同年一二月二六日審査請求をすることができる旨の教示について(通知)と題する書面を発しているところ、右第一次更正処分書記載の「翌期首現在利益積立金額」と審査請求をすることができる旨の教示について(通知)と題する書面記載の「社内留保」とは申告脱漏所得を表示するものとしては、いずれもほんらい合致すべきものであるところ、その内訳である科目ごとに比較すると、預金・仮払金・貸付金・仮受金の金額に著しい相違があり、この相違は、通常生じうる誤算、誤認として看過しえないところである。このことは、公訴事実記載の所得金額の算定の基礎が甚だしく不確実なものであることを示すものであって、たとえ水揚げ所得を算出しても証拠上公訴事実(公訴提起の理由)にそう、更正処分の所得金額の認定について、その厳正について、その厳正さを底礎するに足りる合理性、すなわち右著しい相異の合理的根拠を見出し難い、というものである(判決書・記録二、七七一丁ないし二、七七三丁)。

二 しかしながら、右原判決の判断は、次に述べるとおり税務会計の不知ないしは誤解に基づくものであって到底承服することができない。

まず原判決は、岡山税務署長の発した更正処分書記載の「翌期首現在利益積立金額」と審査請求をすることができる旨の教示について(通知)と題する書面記載の「社内留保額」を対比し、その差額をとらえて検察官の立証の不正確さを指弾しているが、検察官は本件の罪体立証はいわゆる損益計算法によって行っているのであり(冒頭陣述書・記録四四丁)、右「翌期首現在利益積立金額」ないし「社内留保額」自体及びその差は本件立証には全く関係するものではなく、原判決は検察官の立証方法を正しく理解しないための誤りを犯しているといわざるを得ない。次に原判決は、右「翌期首現在積立金額」と「社内留保額」とは申告脱漏所得を表示するものとしては、いずれもほんらい合致すべきであると判示するが、右「翌期首現在利益積立金額」とは、各事業年度の所得から配当金・役員賞与等社外に流出した額を除外し、法人内部に保留された金額の過去からの累積額をいうのに対し右「社内留保額」とは、当該各事業年度の脱漏所得のうち、法人内部に留保された金額で、当期中の脱漏所得からなる簿外の留保資産をいうのであって(控訴審において立証予定。)、前者が過去から累積された留保資産の合算額であるのに対し、後者は、当期中においてのみ発生した簿外資産の額であるから、両者がほんらい合致すべきであるとするのは、全く誤解によるもので、両者が数額的に合致しないことはむしろ当然であるというべきである。例を、被告法人の貸付金にとってみると、昭和四四年九月期の「社内留保額」である五八、六六二、六二八円は、昭和四三年一〇月一日から同四四年九月三〇日までの事業年度における簿外の貸付金額であり(記録二、一〇二丁ないし二、一〇六丁)、昭和四五年九月期の「社内留保額」である六五、七五七、七四九円は、同四四年一〇月一日から同四五年九月三〇日までの簿外の貸付金額であるのに対し(記録二、一三四丁ないし二、一三八丁)、昭和四五年度の更正処分書の「翌期首現在利益積立金額」一二四、四二〇、三七七円は、同四五年九月三〇日における被告法人の過去から累積された貸付金の総額であって(記録二、一一八丁ないし二、一一九丁)、右総額は、前記昭和四四年九月期分の社内留保額である五八、六六二、六二八円と同四五年九月期分の社内留保額である六五、七五七、七四九円を合算した金額に相当するのである。してみれば、昭和四五年九月期分の「翌期首現在利益積立金額」である一二四、四二〇、三七七円と、同期の「社内留保金額」の六五、七五七、七四九円とが合致するものでないことは明らかであり、その合致を当然のこととする原判決の判断はその前提に基本的な誤りがある。

第二 本件公訴事実は証拠により明白である。

一 本件公訴事実につき、検察官は、損益計算書によって被告法人の所得並びに法人税逋脱の事実を明確にし、かつこれが十分な立証を遂げているのである。これに対し被告人らは一部の勘定科目について犯則事実そのものを争い、若しくは逋脱の犯意を否認するが、以下述べるとおり、被告人らの供述は全面的に措信し難く、犯行は明白である。

1 収入除外金について

被告人らは、昭和四四年九月決算期における、秋田組関係について三五八、二〇〇円、同四五年九月決算期における、大藤建設株式会社及び秋田組関係について四四三、八五〇円の各収入除外金があることは認めながら、「これは単なる記帳もれにすぎず、故意による不正の行為ではない」旨犯意を否認するが、被告法人の経理担当者である岡本祐二郎の検察官に対する「社長である被告人千甲童は、集金して来ると、一旦奥の家の方に持って入られてから会社の方に持って来ていた、私としては、事前に未収になっているという連絡も受けていないし、集金したことも知らなかった。」旨の供述(記録二、三七五丁)により、被告人千甲童が、前記秋田組などから集金した収入金を、経理係に渡さずにことさらに除外していたことは明らかであって、単なる記帳もれとは認められず、被告人らの犯意を認めるに十分である。

2 架空外注費について

(一) 小柴建設関係

被告人らは、小柴建設関係で昭和四四年九月期に四九、九九八、二〇〇円、昭和四五年九月期に六、一九六、二五〇円の各外注費を計上していることにつき、「いずれも架空ではなく、実在の外注費である」旨その架空であることを否認するが、被告法人において小柴建設から徴した架空の請求書及び領収書の存在(原審昭和四九年押第七四号符号九号)、右請求書控の存在(前同符号五八)、小柴建設が行った工事の名称を記載した作業明細の存在(前同符号五五、五六)小柴光作の検察官に対する「被告人千の依頼により、右架空の請求書、領収書を作成した」旨の供述(記録二、七五三丁ないし二、七七〇丁)及び被告人千の検察官に対する「小柴建設関係で多額の架空外注費を計上していた」旨の供述(記録二、二九五丁ないし二、三〇〇丁)等によって右外注費が架空計上であることは明らかである。なお、右小柴光作は公判において「被告法人が自己を窓口として下請業者に工事をさせ、自己が被告法人から口銭を貰っていた工事があった」かの如き証言をしているが(記録九〇一丁ないし九二二丁)、同証言は下請業者の特定のみならず、口銭の額さえも明らかにしえないなど極めて不自然な内容であって到底措信できず右認定を左右するものではない。

(二) 三和土木関係

三和土木関係についての昭和四四年九月期における架空外注費三〇六、四五〇円の計上経緯は、被告法人が右三和土木に対し、工事代金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うに当たり額面一、三〇六、四五〇円の小切手を交付し、その差額三〇六、四五〇円は右三和土木から返還を受けていながら、右小切手金額そのものを外注費として計上した案件であるところ、被告人らは「右返還を受けた三〇六、四五〇円は被告人千個人の三和土木経営者横山秀雄に対する個人貸借の決済分として受領したものであるから架空計上ではない」旨弁解するが、右横山秀雄は「一〇〇万円の工事代金前受けの際に、一、三〇六、四五〇円の請求書を被告人千の指示によって作成し、ついで右額面の小切手を受取り、その後差額の三〇六、四五〇円は現金で同被告人に返還した。同被告人との間で個人的貸借関係はなかった。」旨明確に証言しており(記録一、〇四七丁ないし一、〇五三丁)、被告人らの右弁解は到底措信できず、これが架空外注費であることは明らかである。

(三) ダンプ運転手関係

被告人らは、昭和四四年九月期において六八〇、〇〇〇円、同四五年九月期において一〇四、九〇〇円をダンプ運転手に支払いした如く架空外注費を計上していることにつき「ダンプの運転手に前渡金を支給していたことを失念し二重計上したもので犯意がない」とか「架空計上ではない」などと弁解を変遷させているが、大蔵事務官台信忠ほか一名作成にかかる調査事績報告書(記録一、一六五丁ないし、一、三四七丁)及び証人台信忠の証言(記録一、一四二丁ないし、一、一四六丁)、岡本祐二郎の検察官に対する供述(記録二、三七〇丁)を総合すると、被告法人がダンプ運転手に外注工事費を支払う際、実際には前渡金相当金額を差引いて支払っていながら、これが振替処理を行わず、前渡金を含めた額を外注工事費として二重計上している事実が明白に認められるのであって被告人らの弁解は措信できない。

(四) 岡本虎雄関係

被告人らは、昭和四四年九月期に岡本虎雄関係で三七〇、〇〇〇円の架空外注費を計上していることは認めながら「これは単なる計理上の誤処理である」旨犯意を否認するが、被告法人が昭和四四年二月二四日に岡本虎雄に対して外注費として現金三七〇、〇〇〇円を支払った旨の元帳記載(前同符号一、現金・外注費科目の同日付欄)及び岡本祐二郎の検察官に対する「被告人千の指示によって私が自己の父岡本虎雄名義で架空の領収書を作成したうえこれに見合う三七〇、〇〇〇円を被告人千に交付した。」旨の供述(記録二、三七七丁ないし二、三七八丁)等によると故意に架空計上した事実は明らかであって、被告人らの主張するような単なる計理上の誤処理でないことは明白である。

(五) 松浪組関係

被告人らは、昭和四五年九月期に松浪組関係で五、一五八、六三〇円の外注費を計上していることにつき、「被告人千個人が被告法人から山土代金の支払いを受けたがこれを被告法人が松浪組に支払いした如く処理したもので単なる帳簿上の誤操作にすぎない」旨弁解するが、右松浪組経営者松浪節雄は「被告人千から依頼されて被告法人から山土代金の支払いを受けていないのに、これが支払いを受けた如く四、八七九、四五〇円と二七九、一八〇円の各架空領収書を発行した。被告法人が国税局の査察を受けるやまたも被告人千に依頼されて右架空の領収書に見合う架空の請求書をも発行した」旨証言していること(記録一、〇〇九丁ないし、一、〇一二丁)、後記のとおり被告人千個人が被告法人から支払いを受けるべき山土代金があるとは認められないこと及び被告人千の検察官に対する「私は松浪組の架空外注費はないと言っておりましたが、事実ありましたので正直に話します。あれをした理由は、連島部落の山で土を採堀中のもので急な山のために切り取った跡の土が流れて部落の人から苦情が出て困っていたので、その補償金のことや、土を取った跡の石が出ている整理などの費用を残すためにしたものである」旨架空外注費を計上した理由を詳細かつ具体的に供述している(記録二、三一二丁)ことを総合すると被告人らの右帳簿上の誤操作である旨の弁解は到底認めることができない。

3 架空従業員給料手当について

被告人らは、昭和四四年九月期に六〇〇、〇〇〇円、昭和四五年九月期に六五〇、〇〇〇円の従業員給料手当を計上していることにつき「真実給料手当として支払いしたもので架空ではない」旨弁解するが被告法人の経理担当者岡本祐二郎の検察官に対する「従業員に対する架空の給料手当を計上した」旨の供述(記録二、三七〇丁ないし二、三七一丁)、従業員である坪田登美男の「被告会社が計上しているとおりの給料手当は貰っていない」旨の上申書(記録一、五七六丁ないし一、五七七丁)に加えて、被告人千の大蔵事務官に対する「ダンプの運転手である坪田登美男関係で最近の一年半ほど毎月五万円程度の架空の給料を計上していました。このようにした理由は、労災とか社会保険を支払っておかなければ、もしけがをした場合自費で高くつきますから私がこのような便法をとりました。たとえば一か月の仕事の金額が二〇万円あれば、五万円は給料にして二〇万円から五万円を差引き一五万円を支給、ほかに月給五万円を支給するという考えでしたが、運転資金をたくわえることが先走り、支給していない五万円を含め二〇万円を支給したように計上しました。」旨の供述(記録二、二一五丁、二、二二九丁裏)を総合すると架空の従業員給料手当を計上していたことは明らかである。

4 架空の福利厚生費・修繕費・燃料費及び雑費について

被告人らは、昭和四四年九月期及び同四五年九月期において、架空の福利厚生費・修繕費・燃料費を、また同四五年九月期に架空雑費を計上している事実は認めながら「計理上の誤処理である」として犯意を否認するが、被告法人の経理担当者である岡本祐二郎は検察官に対し、故意に架空の福利厚生費及び雑費などを計上していた事実を認め「福利厚生費や雑費を二重計上していることにすぐ気づいたので社長である被告人千にこんな馬鹿なことは出来んですよと話したところ、社長もそれはわかっとると言われましたが、結局ずるずると続いていたわけです」旨供述し(記録二、三六七丁ないし二、三七〇丁)、被告人千も大蔵事務官及び検察官に対し「架空燃料費などを計上することについては、私の考えを岡本に話し同人に実行させました、その時期は昭和四三年の中頃からと思います、このことは私と岡本が知っていることであとは誰にも話しておりません」旨供述しているのであって(記録二、二一五丁ないし二、二九五丁)、被告人らが意図的に右福利厚生費等を架空計上していたことは明らかであり、単なる計理上の誤処理とは到底認められないところである。

5 受取利息について

被告人らは、昭和四四年九月期に一、三六七、四〇二円、昭和四五年九月期に二、一一一、五七四円の受取利息を除外していることにつき、「被告法人設立前に被告人千個人の預金から発生した利息である」と弁解するが、大蔵事務官の調査事績報告書によると、被告法人設立日である昭和四一年一二月二四日以前には被告人千個人の預金は認められず(記録一、九五一丁ないし一、九六七丁)、被告人千も検察官に対し「不正をして浮いた金を仮名や無記名で預金しており、その額は四、〇〇〇万円から四、五〇〇万円あったと思う」旨供述している(記録二、三〇一丁)ところであって、右利息は当然被告法人の受取利息となり、被告人千個人の預金から発生した利息とは認められないのである。なるほど前記法人設立日前にも鳥越基吉名義の中国銀行水島支店の定期預金一、〇〇〇、〇〇〇円があったことは認められるが、本件被告法人のように法人設立時は出資者が持ち込んだ資産のみを所有し、持込資産と法人資産とは混同されて分別管理・処分されておらず、法人設立後は個人営業を継続した形跡がなく、個人営業分の所得として申告納税した事実がないこと等の諸条件が具備されている場合には、部分的に被告人千個人の資産が形をかえて被告法人の預金となっているにすぎないとしても、被告法人の預金と認められるのであるから(昭和三六年九月七日東京地裁判決税務訴訟資料四三号一三三頁)右一、〇〇〇、〇〇〇円の預金利息を被告法人の受取利息に含ませたことは至当である。

6 仕入の計上洩れについて

被告人らは「被告法人には、被告人千個人からの山土仕入れにつき、計上洩れがある」旨弁解するが押収にかかる総勘定元帳(前同符号二)によると、被告人千から仕入れにかかる山土代金として、同被告人に対し、昭和四四年九月期に三八、七〇〇、〇〇〇円、同四五年九月期に一、六五七、八〇〇円の各支払いがなされているところ、前記岡本祐二郎は検察官に対し「社長である被告人千個人が被告会社に納入した山土の数量は正しく計上されており仕入れにつき計上洩れはない」旨供述し(記録二、三七九丁ないし二、三八〇丁)大蔵事務官の山土概算検討表によっても(記録二、四六八丁ないし二、四九六丁)山土関係で仕入れの計上洩れは認められず、かつ被告人千も大蔵事務官に対し「私が山土代を会社から貰う時期は、会社の資金ぐりの関係から分割して払ってもらっていました、要するに山土代はとれるときにとったのが実情です、山土の仕入れは昭和四四年、同四五年度についてはすべて帳面にのっており、おちているものはありません」旨計上洩れのないことを認めているのであるから(記録二、二三六丁・二、二六四丁)、被告人らの弁解する如く山土仕入れの計上洩れがあるとは到底認めることはできない。

以上詳論したとおり、本件公訴事実は明白であるから、税務会計の不知ないし誤解から無罪の判決を言い渡した原判決には事実の誤認があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄し、更に適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

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